とあるラディオスター(局アナ)とレディコ(radiko)の話から

今日から、radikoで全国の番組を聴ける、有料サービスがスタートする。
そんな折、東海ラジオ「源石和輝モルゲン!!」の週末のツイートアンケートの集計結果の締めで、パーソナリティの源石アナが投げかけた二つの意見
あまりに色々思うことがあったので、さらに投げかけてみることにした。

源石アナABの意見に対して。AかつBみたいな立ち位置になるかな。
電波を使った放送には規則が存在する。それは放送エリアを定めたりもする。仮にこれが取っ払われたとして、今度はスポンサーがいる。
圏域があるから各局はそれなりにスポンサーをシェアできていたのでは?その形を維持しつつIPサイマルにシフトさせたのがradiko。
radikoの筆頭株主がどこか知っているだろうか。比率こそ不明だが、すなわちそういうことではないだろうか。その枠組みで生かされている限り、エリアフリーはあり得ない。そうでなければ、全国のラジオ局はとある大手スポンサーを奪い合うことになる。テレビの全国ネットばかりのそれと同じだ。
さて、radikoは裾野を拡げ、機会を拡げたであろうことは否定しない。しかし、ラジオ広告収入を何とか維持するためのチャネルでもあろう。radikoの背景にどんなことがあろうとも、よりクリアにラジオを聴ける手段を開発したことを非難すべきではない。

なぜなら、それが無ければ何も無かったのだから。

ラジオ、それ自体の本分は、別にこれからも無料であろう。有料の部分は、あくまでラジオ好きのためのプレミアムサービスだ。
これまで、不正radikoであったり、アンテナを工夫したり、ノイズの中を耳で聞き分けていったり、そんな努力だったりの果てで聴いていた、あの遠くの番組を簡単に聴ける。ただそれだけではないか。

有料サービスを非難する前に遠くから有料でも聴きたいと思ってもらえる番組作り、それはタレントに頼らなくてもできるということは、東京であれば、TBSラジオの日曜天国が証明していると言える。規模は違えど、モルゲンだって朝PONだってそうだろう。共通していることは、メインパーソナリティが局アナであるということだ。

素質はある、材料はある、あとはどう料理するかだけだ。リスナーに求めるは味の評価。
どう「美味しゅうございました」と言ってもらえるか、それだけだろう。
本当にダメだったら、消えるしかない。そう、かつてのRadio-iのように。
閉鎖的にするのもしないのも、それは各ラジオ局なりラジオ番組次第ではないか。

ただ、ラジオの決定的欠点は「ナマモノ」であること。手段はあるのだが、もっとも記録しづらいのもラジオだ。その点だけは、他のメディアよりも劣ることを理解せざるを得ない。もちろん、番組の有料切り売りもあるが…。

民放だけがスポンサーや広告代理店の意向に左右されているわけではない。新聞、雑誌とて同様。かのNHKだって、国民から受信料を取っておきながら、時の政権の意向に左右されかけている(というか、ほとんどされてる)。

直接、間接問わず金払おうが払うまいが、マスゴミはマスゴミ。
マスゴミをマスゴミたらしめているのは、その受信者である国民のリテラシーそのものである。
本当のマスゴミは倒産してしまっても構わない。例えば放送局が消えても良いと思えるか。
放送局が消えることに対して、散々社会的意義で批判があったが、国民に支持されなかった。ただそれだけだ。
休廃刊される雑誌類が多いのも同様。そのうち新聞も似たようなことになるだろう。
国民の情報リテラシー教育が徹底されると、いずれテレビにも同じことが起こるだろう。

さて、金払ってラジオを聴くか?
報道機関としての価値を取るか、それとも地域の文芸メディアとしての価値を取るか。
その立ち位置で意義はあまりにも変わる。
前者であれば意味は無い。なぜならゴミだからだ。それにどこでも同じだ。事実だけなら。
まぁ、沖縄みたいにどうやったらこんな偏向・ねつ造めいた報道ができるのだ?と、言論人の倫理観を疑いたくなるものもあるので、何とも言えない気持ちにもなるが…。
新聞のように、地域が違えば、局が違えばと思うが、なにせスポンサーとメディアの間で牛耳っているのが、広告代理店だから、まぁ、無理だろう。

これだけ言っても、ラジオは好きだ。三陸沿いを旅した折、ある民宿のお婆からは、ラジオ付けて行くんだよと強く言われたことを覚えている。そうでなくてもラジオかけまくりだが。
だって、その地域社会の空気を感じられるという楽しみがそこにはあるから。

一部全国有料配信されるradiko。それより前から東京、名古屋、大阪の放送が無料で流れているNHK。無料の各エリアの民放ラジオ。さて、これからるどうなるかが楽しみだ。
とりあえず、スマホでUSENをいつ解約してradikoプレミアムに乗り換えるか。それが少々悩ましい。